安心感のある学級の作り方

教育

 毎日毎日を激務に追われ、自分のことで手一杯かと思います。今日の授業は・・・自分の分掌は・・・次は運動会に向けて・・・

 しかし、ふとした時に隣の学級やその他の学年の学級を見て、子ども達が自然体でいる、何か安心感のある学級だな、と思ったことはありませんか?

 そして何より、自分の学級を安心感のある学級にしたい、と願ったことはありませんか?

 安心感のある学級は、学級経営の方法で形作っていくことができます。言い方を変えれば、学級経営をうまくしていかないと、安心感のない学級・教室になってしまうということです。

 安心感のある学級の作り方を解説します。

このページを読めばわかること

安心感のある学級・教室の作り方

 

 安心感のない学級・教室とは

 「安心感のある学級・教室」とはいったいどういう学級あるいは教室なのか。これに答えるために、まずは「安心感のない学級・教室」と明らかにしていきましょう。

安心感のない学級・教室
  1. 自分のことを否定されている
  2. 自分のこと、自分の考えを認めてもらえない

※実は案外多くの学級が陥ってしまっている3つ目の「安心感のない学級・教室」の要素があります。1や2の要素がもうわかりきっているよ、という方は読み飛ばして、先に進んでください。

  

 1.「自分のことを否定されている」

 これは、つまり存在が脅かされているということです。

 あってはならないことですが、完全に「いじめ」の状態、あるいは学級が「崩壊」の状態と言っていいでしょう。

 学級の誰かがこの状態に陥ってしまっている場合、手をこまねいていてはいけません。すぐにでも周囲の先生に相談して、状態の改善にあたるべきです。

 管理職に伝わることや周囲の先生に知られることは恥ずかしい、と感じるかもしれませんが、おそらく周囲の先生達はもう気づいています。ここまでの状態になっているならば。ですから、自分だけでなんとかしよう、と思わずに協力を仰いで、対応するのが最も良い対策です。

 

 2.「自分のこと、自分の考えを認めてもらえない

 これは1.の「自分のことを否定されている」には至らないものの、自分自身の考えなどを周囲になかなか容認してもらえない状態のことです。

 意見や考えというものは、それを発した人によって規定されるものではありません。良い意見は良い意見だし、良くない考えは良くない考えに違いないのです。

 しかしながら、大人の世界でも子どもの世界でも発言者によってその是非が規定されてしまうことがありますね。いわゆる影響力というものですね。

 こういったことが少しずつ積み重なり、どんどん対等ではなくなって相手を尊重できなくなっていきます。そして、その人、その人の考えを受け入れられなくなるんですね。

 端的な例で言えば「学級内カースト」のようなものでしょうか。

 

 誰が存在を脅かし、不安をかきたてるのか

 いったい誰が存在を脅かし、不安をかき立てているのでしょうか?

 それは、実は学級の友達や担任(授業者)がその人の存在を脅かし、不安にさせているのです。

 

 友達を否定する学級の存在

 まずはその言動です。「バカ」「アホ」「死ね」や、パンチ・キックといった暴力、落書きやもの隠し、机の距離を遠ざけるといった行動も存在を脅かしています。許されざる行為ですよね。

 これらが増えてしまう要因は、学級のネガティブ発言です。

 学級内でネガティブ発言が多ければ多いほど、誰かの存在を脅かすことにつながってしまいます。

 普段から当たり前のように使っていることが、容易に友達を否定することにつながっていってしまうのです。

 

 担任が子どもたちの安心感を脅かす時

 教師がいじめに加担する。考えられないことですし、ありえないと感じますが、これまでの教職経験の中でそういった事例を何度か目にしてきています。

 本当に周囲の子と共に、特定の誰かを攻撃している例はまれですが、聞かないことはありません。(非常に残念な例ですね・・・。)

 むしろ多かったパターンとしては、本人はいたって真面目に’指導’しているのでしょうが、明らかな”吊るし上げ”や”見せしめ”といったことです。

 この行為がエスカレートすると、周囲の子達から見ても「そういった扱いをしていい」という免罪符を与えてしまうことと同義になってしまいます。

 子ども達を対等ではなく差別して扱っていることになってしまっているのです。

 

 安心感のある学級・教室とは

 安心感のある学級・教室とはどういったものでしょうか?なんとなく形作っているものが見えてきたのではないでしょうか?

 安心感のある学級・教室を作るための最初のステップはネガティブ発言を減らすことです。

 完全になくすことが理想ですが、それは難しいでしょう。しかし、減らしていくことはできます。

 ネガティブ発言を規定し、それを使わないことへの納得感と必要感を持たせ、学年の始まりに子ども達と共通認識を測っておくことが大切です。(もちろん、学期途中でも構いませんが、年度始まりが最も効果的です)

 私も、学級開きの時(あるいは’黄金の3日間’)には必ず伝えるようにしています。

 そして、ネガティブ発言や他者を傷つける時、厳しく指導することを申し添えておきます。

 

 次に、担任・先生が、ネガティブ発言に対するアンテナを高くし、共通認識したことを”必ず”実践していくことです。

 子どもの誰かの心や体が傷つけられる、もしくは脅かされる恐れがある時に、徹底的に叱るのです。

 もちろん、教師の暴言・暴力(体罰)などあってはならないですが、規律と厳しさ、そして約束を違えぬことが信頼を得、拠り所となるのです。

 

 さらに一歩進められるならば、ポジティブ発言を増やしていくことです。

 学級経営の中で、制限することは容易です。しかし、新しく積み上げていく・形作っていくことは難しい。なかなか定着にも時間がかかります。先生や周囲の友達との信頼関係にも左右されます。

 ですから、可能な中で取り組みましょう。

 私は、”価値語”として示したり、子ども達の中で良い言動・行動があった瞬間を捉え、振り返って全体に広げることをしています。掲示も作ります。そうして、ゆっくり・着実にポジティブな発言を根付かせていくことを狙っています。

 安心感のある学級・教室を作るために

 最後に、安心感のある学級・教室を作るためにどうすればいいのかを解説するのですが、その前に、案外多くの学級が陥ってしまっている3つ目の「安心感のない学級・教室」について触れたいと思います。

安心感のない学級・教室

 3.自分を受け入れてもらえるか不安がある学級・教室

 

 3.「自分を受け入れてもらえるか不安がある」

 子ども達は大人が考えるより、とても社会的に生活しています。

 子どもの世界は教室や学校が、そのコミュニティのほとんであることが多くあります。

 つまり、そのコミュニティ内で安心できず、何かしら不安を抱いている状態です。

 

 1.の「いじめ」「崩壊」の状態や、2.「学級内カースト」はあくまで極端な例であり、そこまで切迫していないという場合でも、案外多くの学級はこの3.に当てはまってしまうのでは、と思っています。

 学級全体の雰囲気としてではなく、個人単位で見てみると、この種の「不安」を抱いてしまっている子はいるんじゃないでしょうか?

 そう、その「不安」とは、どんな授業でもなかなか・・・というかほぼ・・・あるいは全くと言っていいほど手を挙げないあの子のことです。

 その子は不安なのです。

 「自分の考えが間違っていないだろうか?」というのもあるでしょう。しかし、それだと、自信のある考えを得た時にはきっと手が挙がるはず。

 しかし、”どんな授業でも”手が挙がらないのは、「自分の考えが間違っていないだろうか?」というより、「自分の考えをみんなはわかってくれるだろうか?」「みんなは受け入れてくれるだろうか?」「自分なんかが答えていいのだろうか?」と考えているからなのです。

 いつも不安で自信がない状態。どうしてそんな状態になるのでしょう?

 

 子ども達が安心を得られない理由とは

 ”どんな授業でも”手が挙がらず、いつも不安で自信がない状態に陥ってしまうのはなぜなのでしょうか?

 それは、これまでの授業の中に理由があるのです。言いたくない、手を挙げたくない理由があるのです。

 例えば、発言を笑われた、バカにされた、など。これは想像に難くないですよね。

 そして、「それはちがうよ」と(小さく)否定されたり、「どうしてそんな答えに?」などと追い詰められたり

 さらには、自分の意見に周囲の多くが無言であったり、無反応であったり

 そうした負の経験が蓄積された状態、それが不安を生み出しています。

 

 さすがにバカにしたような発言があれば先生は咎めますが、小さい否定や問いかけは議論のきっかけとして肯定的に捉えることも多いのではないでしょうか?

 しかし、子ども達は必ずしも肯定的に捉えているとは限りません。むしろ、自分を攻撃されていると感じることもあるのです。もちろん、否定したいのでも攻撃したいのでもないことは、担任にもその言葉を発した側の子にもないことは明らかなのですが。

 そして、自分の勇気を出して発した発言に、誰もが反応しない時。それはもう不安で不安で仕方ありません。隣の子は発言を聞いて熟考しているのかもしれません。後ろの子はたまたまよく聞いていなかったのかもしれません。

 けれど、結果として、自分の考えや気持ちを理解されなかった、受け入れてもらえなかったと感じて、どんどん殻に閉じこもってしまいます。

 毎時間、毎日、毎週、毎月と、そんな経験が多かれ少なかれ蓄積されてしまえば、手を挙げたくなくなっていく子の気持ち、わかりますよね?

 

 こんな時、先生はどうしているでしょう?議論を進めますか?沈黙を大切にしますか?

 その前に、ぜひ勇気を振り絞って手を挙げた、その子の心を大切にしてください。

 「その言い方じゃ、相手は不安を感じるかもしれないよ?」「今言った人の気持ち、わかる人?」

 不安な気持ちに一人の人間として共感しましょう。さらには、多数の共感者を可視化しましょう。そうすれば不安は取り除かれ、安心感を得ることができるのが人間というものです。

 人間は誰だって一人は心細いもの、寂しいものです。誰かが寄り添ってくれる、同じ思いを抱いてくれる。そんな事実を知るだけで大きな安心感を得るのです。

 どんな形でも、手を挙げてなんらかの主張・発言した子を救うことが大切です。だって、我々大人もそうではありませんか?果たしていろんな会議の場で、誰よりも積極的に発言できますか?そこに安心感はありますか?

 自分は認めてもらえない、受け入れてもらえない、と不安が蓄積される前に、周囲と共感を図ること、友達や先生がわかってくれていると感じることで「次もまた手を挙げてみよう」となっていくのです。

 

まとめ

安心感のある学級・教室をつくるために

安心感のない学級・教室の要素を排除しよう

 ・自分のことを否定される

 ・自分のこと、自分の考えを認めてもらえない

 ☆自分を受け入れてもらえない不安がある

具体的ステップ

①教室からネガティブ発言を追い出そう

②アンテナを高くし、徹底・実践しよう

③教室にポジティブ発言を増やそう

☆寄り添いと共感を持って、一人ひとりの不安を取り除こう

 もしも「いじめ」や「崩壊」の状態にあるのなら、無理をせず協力を仰いで対応しましょう。

 学級に知らず知らず(?)のうちに広がる不安を少しでも取り除いていくことが安心感のある学級・教室につながります。

 今からでも実践可能ですので、まずは一つでも始めてみましょう。

 今よりも一歩でも前に進むために、共にがんばりましょう! 

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