クラスの子ども達への年賀状は必要か?

年賀状はいらない教育

 あけましておめでとうございます。あぷもにです。

 学級の子ども達への年賀状は書くべきなんだろうか?

 ベテランの先生でも案外悩むポイントかもしれません。

 年賀状の扱いに関していろいろな意見があるものですよね。

あぷもに
あぷもに

住所を知られるの嫌だし、書かないかなあ。

きずあぷ
きずあぷ

私は毎年出してますよ。

あぷもに
あぷもに

でも、もしもらったら、返すようにはしているよ。

 いったいどするのが正解?

 場合によっては学校として揃えて出すようにしているところもあるとか。

 これが正解!というのはおそらくないとは思います。

 けれど、十数年教員をしてきて様々な地方自治体の複数の学校を回り、いろんな学校や先生達と接してきての私なりの考えはあります。

 結論から言うと、必要だと強く感じていないならば出す必要は全くないですね。

 では、なぜ出す必要がないのか、その理由を説明したいと思います。

 クラスの子ども達への年賀状が必要ではない理由

  クラスの子ども達への年賀状が必要でない理由は大きく以下の3つがあると思います。

  1.  年賀状文化が時代に合わなくなってきている
  2.  年賀状をもらった子ども達側の困惑
  3.  みんな子ども達へ年賀状を出している?周囲の先生との同調圧力

 それでは、それぞれ詳しく見ていきたいと思います。

 年賀状文化が時代に合わなくなってきている

  働き方改革と逆行する

 教職員の現場はブラックと言われて久しいです。

 つい最近までは誰よりも遅くまで学校に残って仕事をし、クラスの子ども達のために滅私奉公することこそ正義だった時代。

 長く働くこと=子どものため=いい先生の証 という図式が現場にはありました。

 もちろんそんなものは幻想に過ぎないんだけれど、その事実を目にした保護者が遅くまで働く教師を賞賛していたのもまた事実です。

 けれども時代は変わり、働き方改革待ったなしとなっています。

 世間の多くの企業と同じく、コロナの状況とも相まって定時あるいは残業をできるだけ少なく早くに帰ることが広まってきました。

 まだまだ遅い学校はたくさんあるようですが。

 このクラスの子ども達への年賀状は明らかに業務内容から逸脱しているように思います。

 昔から慣例のサービス業(残業)ですね。

 業務時間内に収まるならまだしも、時間外や自宅で行うこと、それに年賀ハガキの代金は持ち出しになったり。

 つまり、明らかに働き方改革という時代の流れとは逆行しているのですね。

  環境への配慮で、年賀状よりもメールや無料通話アプリで

 年賀状よりもメールでの挨拶、ということに関してはさまざま賛否あるかとは思います。

 メールは味気ない、年賀状の手書きの一言こそが嬉しい、などなど。

 けれど実際のところ、年賀状の数が激減していることは火を見るよりも明らかです。

年賀状の配達始まる 去年より10%余少なく 12年連続で減少

日本郵便によりますと、1日全国に配達される年賀状はおよそ11億5700万枚で去年を10.1%下回り、SNSの普及などを背景に12年連続で減少しました。

NHK NEWS WEB: https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210101/k10012792561000.html

 

 年賀状をもらった子ども達側の困惑

  返す?返さない?

 一方、年賀状をもらう側の子ども達側は果たしてどう思っているのでしょうか。

 小学生くらいであれば多くはもらえれば嬉しい、と素直に感じる子が多いようです。

 しかし、中学生以降になると結構冷めたもので、気にも留めないとか。

 中でも、小学校であっても毎年のことなので担任から必ず全員に送られ、返さなくて良い、と言われている学校もあるとか。

 いったいそれは何なんだ?年賀状なのか?と突っ込みたくなりますね。1週間もすれば顔を合わすのに、一方的に送りつけるだけとか…。

 これは特殊な例としても、年賀状をもらった側は年賀状を返すか返さないかを迷うことがよくあります。

 良かれと思って年賀状を出してはいるのですが、もらった側に負担をかけてしまっているのですね。

 だから、上記の学校の例もあるのかもしれません。

  どこに出せば?

 また、実際に年賀状を出そう、と子どもや保護者が思った時にまた1つ問題が浮かび上がります。

 「どこに出せばよいか」ということです。

 先生からの年賀状に送り主の住所があれば大丈夫ですが、昨今は個人情報を明かしたがらない先生も結構います。

 そのため、記名だけして住所は記さない、なんてこともよくあります。

 先生側からしたら「返さなくてもいいよ」というメッセージなのでしょうが、一方的で居心地の悪い思いをさせてしまうこともしばしばです。

 そのため学校に出す、という選択肢を取るのですが、誰の目に触れるともわからないので、そこもなんとなくはばかられることになってしまいます。

  保護者の思い

 先生から年賀状をもらった子どもの保護者の立場からは、様々な思いが見えてきています。

 一昔前であれば、その多くが賞賛に値するものだったのでしょうが、だんだんと面倒だと感じる保護者も増えているようです。

 先生と、子どもあるいは保護者との関係性によっても感じ方は変わります。

 関係が良好であれば肯定的に受け止められます。

 しかし、関係がよくないとすると、おしなべて否定的に捉えられがちです。

 先生からすると、’いつも通り’、’みんな平等に’やっているつもりでも、感じ方は相手との関係性次第ということです。

 結果的に逆効果になってしまうことも大いにあり得るということです。

 先生側の立場としては、送る相手と送らない相手を分けることはトラブルの火種となるので、その選択はありえないですし、それでは全員送らないとなると今度は、慣例となりすぎてて送られるのが当然と考える親が「送ってこないのか」と憤る、なんてことも。

 もうどうしたらいいのか!?と言いたくなりますね。

 行くも地獄戻るも地獄、ですね。

 このあたりについてもう少し考察した記事もありますので、合わせて参照してみてください。

 みんな子ども達へ年賀状を出している?周囲の先生との同調圧力

  周囲の先生は年賀状を出している?

 自分なりの明確なスタンスがないときは、迷いに迷って周囲の先生に尋ねることが多いのでは、と思います。

 聞いてみると案外「出しているよ」という先生が多いようです。

 この辺は感覚値になりますが…。

 そのため、周囲の先生に合わせて出す、出さないを決めている方も多いのではないでしょうか。

 しかし、果たしてそれは本当に正しい選択なのでしょうか?

 自分でしっかり考えて明確な答えのないままだと、その時の雰囲気や状況に流されて、毎年スタンスが変わることになりかねません。

 ひょんなことから、「先生、お兄ちゃんの時には年賀状くれたのに、私にはくれないんだね。」とか「近所の◯◯さんはもらっていたのに…」なんてことにもなりかねません。

  年賀状を出さないと不利益を生む、という圧力

 年賀状を出さない、という選択をとると頭をもたげるのが、自分に不利益にならないか、ということです。

 そして、おそらくこの考え方が、年賀状が慣例の教師のサービス業と化してしまっている最大の要因、だと思います。

あぷもに
あぷもに

「去年出したから、今年も出さないと…」

きずあぷ
きずあぷ

「前担任からもらったのに、元担任はくれない、と思われるかな…」

あぷもに
あぷもに

「隣のクラスは出すらしいので、くらべられてしまうな…」

 他の先生たちは出しているから、自分も出さないと自分だけ出さなければ不利益になる。

 こういう同調圧力の元、慣例化されてしまっているのが現状でしょう。

 どこかで断ち切らなくちゃいけない、と思うんですけどね…

  それでも出した方がいいと考えるなら…

 基本的には、年賀状を送ることが必要だと強く感じていないならば出す必要はないと思います。

 けれでもこれまで見てきた通り、出した方がいいと考える、また学校としてや学年として出さざるを得ない状況などの場合の対処法を提案します。

 まとめ

  1.  年賀状文化が時代に合わなくなってきている
  2.  年賀状をもらった側はよろこんでいるとは限らない
  3.  周囲の先生との同調圧力

 改めて、クラスの子ども達への年賀状は、必要だと強く感じていないならば出す必要は全くない、ということです。

 年賀状の是非について、考えるきっかけになれば幸いです。

 1歩でも前に進むために、共にがんばりましょう!

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